Blog
ブログ
2022.12.07

小雪 末候 橘始黄

立春に始まり、春分、夏至、秋分、冬至等を経て大寒で終わる「二十四節気(にじゅうしせっき)」。これらをさ らに三つの候、初候、次候、末候に分けたのが「七十二候(しちじゅうにこう)」。二十四節気の「気」と七十二候の「候」を合わせたものが「気候」の語源と言われています。
小雪 末候 橘始黄(たちばなはじめてきなり)
12月2~6日頃がこの候。「橘(たちばな)」とは日本唯一の野生種で、「ニッポンタチバナ」「ヤマトタチバナ」の事をさします。日本書記にも登場しており、「柑橘(かんきつ)」という字に使われているほどですが、柑橘の代表というと「蜜柑(みかん)」ですね。学名もミカン科ミカン属なんですが、その歴史は蜜柑よりも圧倒的に古いのです。
日本書記に登場と書きましたが、「非時香果(ときじくのかぐのこのみ)」という不老不死の霊薬として書かれているものが橘ではないかと言われていて、「橘」という名で出てくるわけではありません。古事記にそれが今の「橘」である、というような事が書かれているので、そうであろうということです。いわゆる常緑樹ですから、枯れることを知らぬということが、永遠、不老不死の意味として捉えらるのです。松も同じです。
しかし、まあ、もう「橘」自体はそれほど多くなく、いわゆる甘い「蜜柑」の方が生産量、流通量ともに多いですね。江戸時代あたりからは、柑橘を総じて「橘」と表現することが多くなっておりますが、この候に関しては本来の「橘」であると思ってください。
京都御所紫宸殿の庭には「左近の桜、右近の橘」として植えられております。苗字としても使われおりますが、家紋のデザインとしても多く、そのはじまりは平安時代で実に90以上の種類があり「日本十大家紋」の一つとされています。文化勲章のデザインも橘です。
植物繋がりで、今が花期の「ヤツデ」のお話し。葉先が八つに分かれていることがその名の由来ですが、必ずしも八つとは限らず、七つから九つほどですが、いわゆる縁起の良い「八」を使い「八手(やつで)」となりました。別名を「天狗の羽団扇(てんぐのはうちわ)」ともいい、厄除けに用いられたりもしていて、江戸時代には庭木としてよく植えられていました。